後北条氏とは?

後北条氏とは武田や今川と敵対していた武家として多く知られている。
初代は伊勢宗瑞(北条早雲)により勢力を伸ばし、のちに伊勢の姓を捨て、かつての鎌倉幕府執権「北条」と名乗ったのは、
2代目の伊勢氏綱(北条氏綱)のころである。

その後、氏綱が病死すると甲斐の守護「武田晴信(信玄)」とほぼ同期に北条氏康が家督を継いだ。

そして氏政、氏直と引き継いで天下を治めようとする羽柴(豊臣)秀吉3ヵ月の歳月をかけて
小田原城
を落とされ、戦国大名としての北条氏は滅びた。

その後、北条氏盛狭間藩(さやまはん)の当主となり外様大名として明治維新で続いた。


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